解脱したような真っ直ぐなヒトと、彼の隣で自立している猫。
読み始め早々から何となく話の成り行きが想像できたのに併せて
これはまずい、外では読めない!と思った。
「いつかまた会えるね」は禁句でしょ〜。
これはもう・・・心臓のど真ん中に突き刺さる。

話の展開はおおよそ予想通り、でも涙腺の決壊は予想を遙かに上回って滂沱の涙となりました。


これは幸福なお伽噺だ。


・・・そんなお伽噺なのに・・・
またどこぞの感動させたがり屋が「みんなで泣きましょう!」と実写化するらしい。
どうしてそれぞれの心で想像されるものを尊重してくれないのかなあ!!
大事にしまっておきたい気持ちを、特定の顔や声で決めつけられる残念さと言ったらない。
しかも猫に演技させることになるんだよねえ。
それってこの物語の根底に関わることだと思うんだが・・・

昨今の邦画界、活気づいているといわれてはいるが原作ものばっかりで
実情は想像(或いは妄想)する喜びを奪うことしかしていないのでは?と思う。




# by quilitan | 2017-03-25 21:52 | 読む | Trackback | Comments(0)

小江戸弓始めその4

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いや、マジで「射法八節図解」は伊達に道場に貼ってあるわけではないのであります。



# by quilitan | 2017-03-25 17:17 | お絵描き | Trackback | Comments(0)

This is KYOSAI !!

冬に逆戻りの雨の中、行ってきました『暁斎』展!

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7歳で国芳に入門とか、放蕩三昧の暮らしの贖いに絵を描きまくって金に換えていたとか
毎日絵日記を付けていたとか・・・
もうどれだけ絵が好きで、絵が描けるんだよ!!
その画力、一体何なのよ==!



そしてここでもやはり漫画技法の原形があちこちに見えて、
日本が漫画大国になるのも当然だとあらためて思いました。



# by quilitan | 2017-03-21 20:05 | 見る | Trackback | Comments(2)

うつつ川 : 中里恒子

貸出期間延長して、余裕余裕と思っていたがあっという間に返却期限がまた近づいてきた。
あと一冊残ってるんだが・・・

これは、そこそこの資産を持って "道具" を集めているひとと
それを遺されてしまった奥さん方、さらにはそれを取り扱う「道具屋」という人種について
書き綴られた短編集。
ものの美しさと、金銭的な価値と、所有欲やら算盤勘定などあれこれ入り交じって
なかなかシビアな書き方をするので面白かった。
「道具」という言い方がちょっといいですね。
いまどきはしないもの。
鑑定価格が目の玉飛び出るような美術骨董品というほど敷居の高いものではないけれど
好きで「もの」を集めるというのは、やはりある程度気持ちの余裕がないと出来ないことなので
そういう感覚はきっと作家の育ちの中にあるんだろうなあ。
また、そういうものをお金に換算する人というのもきっとたくさん見てきたのではなかろうか。

続けて読んでいるうちに、この人はちょっと男目線なのではないかと思えてきた。
だからといって肩肘張って強がったようなものではなく、人を見るのにとてもフラットなのである。
だから女性にも男性にも甘くない。
執着心や欲に関して結構手厳しい。
際どい設定でもどろどろのメロドラマとしては書かないタイプですね。
綺麗にまとめてしまうと言えばそうかもしれないが、画家でいうと風景画家みたいな感じだろうか。
私の脳内にはゲインズバラの絵が浮かんでくる。


最近、大学生の読書量がほぼゼロ、というようなことが新聞に載っていた。
さらに大学生の投書で
「本以外のものから今は知識も得られるし、読書しないことが一概に悪いとは思えない」
というのもあった。
確かにそれも一理あるし、強要されて読む苦痛も知っているので無理強いは反対だ。
だいたいが私も高校生までは活字は教科書くらいしか読んだことはなく
ひたすら漫画読んで育ったので偉そうなことはいえない。
それでも活字中毒に近い状態になってわかったのは、
読書って勉強のためでも知識を得るためでもなくただ単に面白いから読むのだということ。
漫画や映画と何も変わらない感覚。
面白いものがひとつ増えるかもしれないのに「いらない」ではもったいないなと思うだけ。
(但し、自分に読書は不要だと本人が言い、私もその人に関してはそう思えるという人はいる)

「道具」は使い勝手も美しいから、そこにあるととても自然で落ち着くから持っている、
売って幾らにしようとかそういう話ではない、ということだ。


何かこじつけたみたいになってしまいました。

さあ、あと一冊、期限までに読まなくちゃ〜〜!


# by quilitan | 2017-03-20 20:51 | 読む | Trackback | Comments(0)

理想的

今日、道場で聞いたけど弓とは関係のない話。

その人の住んでる自治会では、野良猫対策として
餌場を1カ所に決めてそこでごはんを食べることを覚えさせる
→そこに集まる猫たちを順々にとっつかまえて不妊手術を受けさせる
→さらにその手術代は自治会費から出る
ということが行われているそうだ。

勿論、今日いた10匹が明日には1匹になる、というような即効性はないが
着実に野良猫の数は減る。
猫を捕まえたり病院に連れて行ったりという手間はかかるけど
このような策を提案した人は野良猫の状況に心痛めていたのだろうから
きっと手間など惜しまない・・・と思う。
私だったら時間の許す限りやりますよ。

自治会でそういう議題が出て、さらにそれが承認されて実行されているなんて
本当に羨ましい。

その地域は、ベッドタウンとして開発された住宅団地だから
何代にもわたってそこに住んでいる人はいない、ある意味では全員が初代で
「この辺では昔からこうやってた」というような悪い意味での習慣がないのが幸いしているのかもしれないな。
ウチの辺りは土地持ちが何軒もあって、そういう人達は地域に対して非常に強い力を持っており
よそから移り住んだ〈新参者〉(たとえ何十年住んでいようとも新参者扱い)が
何か言おうがやろうが受け入れてはもらえないのである。


同じ市内でありながら正しく「地域猫活動」ができているところもあると思うと
ちょっと胸が痛いです・・・
そういう成功例をもっともっと広めてほしいなあ!



# by quilitan | 2017-03-15 20:07 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

着々と。

「真田丸」でも出てきた、宇喜多秀家とその奥方(豪姫)の物語。
男闘呼組の・・・タカハシなんとかが演じていたっけ。

充分な、細かい資料が多くない中でよくここまで内面を忖度して書ききるものだ。
でもそれこそが「作家」というもの。
器に入った"作り事"という赤い水に、"ほんとうのこと"という青い水を一滴垂らすことで
紫の"作品"を作れるのが作家。
不自然でなく、さもありなんと思わせるのがその力なのだ。
そしてここでもキーワードは「孤独」。
声高に信条よと叫ぶわけではないのだが、この人の作品には
「おひとり様ですが何か問題でも?」というようなニュアンスがある。
そのへんが今読んでもあまり違和感がない理由なのかもしれない。


こんなことなら全集買っても良かったかもなあ・・・
でもエッセイなどにはあまり手を出そうとは思わないのでやはり図書館が無難か。



# by quilitan | 2017-03-11 23:33 | 読む | Trackback | Comments(0)

鎖 : 中里恒子

どうにも止まらない中里恒子である。


淡々と、でも着実に読み進む。

この人の描く女性(今のところその多くが人生の後半にさしかかっている)の
孤独であることを自ら認めている様子がとても心地よいのである。
もっとも、それは生活に困らない人々の姿ではあるのだが。

確かにイメージとしての古きよき時代を感じさせるから惹かれる、ということもあるかもしれない。
ただ、私がこの人の作品から強く感じるのは、そこに描かれているものの "匂い" 。
私の中で "匂い" は記憶に強烈に直結している。
ただそれはかなり個人的なもので、第三者に伝えるというのはとても難しいと思うのだが
中里恒子の筆はそれを普遍的に感じさせてくれるのだ。
別に匂いについて突出した書き方をしているのではないのだが
普通に風景、情景の描写の中で私が勝手にそれを強く感じるのだ。

まあ、つまりは相性の良い作家ということなんだろう。


期限内であと3冊はちょっと厳しそうだが、どうせ次の借り主なんていないだろうから焦らない。
順々に読んでいこう。



# by quilitan | 2017-03-04 00:23 | 読む | Trackback | Comments(0)

猫と雑文ときどきお絵描き