三年後・・・?

2020年の今日が東京オリンピック開会式となるそうで
『オリンピック音頭2020バージョン』(なんだそりゃ)が賑々しくテレビから流れてきた。
日本のあちこちで「観測史上初」の冠がつく集中豪雨や酷暑に見舞われ
その対応が追いつけていない状況のニュースの合間に。

空騒ぎ感が拭えないのは、自分がもう坂を上っていく年代ではないからというのもあるだろうけど
今の日本でオリンピック開催は身の丈に合っていないと思うから。
さらに途中経過でのすったもんだで不信感が募りましたね。
とどめは、ここ数年来の日本人の我々でさえ堪えるこの暑さの中で競技をするということが
とんでもなく無謀に思えるからですよ。
競技者はまだいいかもしれないが、観客・・・熱中症患者が溢れるイメージ。
それに、たとえばゴルフ、会場はうちからちょっと行った所のゴルフ場ですがね、
ローカル線は昼間は1時間に2本だからね。
4両単線だから増やすといってもたかがしれてる(オリンピックの時だけ増発したらそれはそれでちょっと怒る)
ゴルフを見に来る人がどれほどいるのか知らないけれど、どうすんだ?バス?


前回の東京五輪の時もこういう違和感はあったんだろうか。
当時も突貫工事的な事態はあったんだろうけれど、
それでも国民全体がオリンピックを経てずっと先まで夢を馳せていたような印象がある。
それはその通りだったのか、それとも後付けのもの?


「2020に向けて」とオリンピックにかこつけてあれこれ盛り上げようとしているけど
そんなふうに意味もないものに意味を持たせようとしていると
ほんとうに何かとんでもないことが・・・・・などという自分の妄想にちょっとブルッ。



by quilitan | 2017-07-24 20:32 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

猫です



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歯は・・・問題なさそうだね、キッカちゃん。




by quilitan | 2017-07-22 21:05 | | Trackback | Comments(4)

お休みの今日、一日バタバタしてました。

午前中は弓の練習で武道館。
その行きがけに、提出物を出すために職場にダッシュで立ち寄ってまず一汗。

武道館に着いてみれば、暑いせいかお子様の終業式などがあるせいか、稽古に来ている人が少ない。
そうなるとすぐに的が空くので、よせばいいのについつい立ってしまい
もうちょっとのんびり引くつもりが結構な矢数をかけてちょっとヘロヘロ。
午後も予定があるので、お昼お昼。

今日のお昼は前から決めてました。

菓子屋横町の一画に「楽楽」という美味しいパン屋さんがあるのですが
そこが新たにサンドイッチパーラーを開いて1周年、それを記念して期間限定で特別メニューが出る!
というのを知って楽しみにしていたのです。
武道館からてくてく歩いてわが街の観光名所へ。今日しか行けないんだから歩くとも!


川越祭りではお馴染みのロングソーセージの「ミオ・カザロ」さんとのコラボだという
  ロースハムとグリルドチーズのサンドイッチ


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できたて熱々をいただきますよ!

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美味しい・・・・・・・

ここのパーラーのパンはベーカリーでは売っていないサンドイッチ用に作られたパンで
これは普通のパンだけど、ほうれん草パンとか人参パンとか、それがまた美味しいんだ。
ホントは種なしブドウのフルーツサンドも食べたかったけど
結構ボリュームあるから両方いっぺんには無理・・・悔しいなあ。
期間中はもう行けないんだよな〜〜!!


満足してまた炎天下を武道館まで戻り、ちょいとばかり事務作業をして
そこから飯田橋の弓具屋さんまで遠征です。矢擦り籐が大分擦り切れているので交換です。
来月の明治神宮では綺麗な弓で引きたいですからね〜。

武道館から駅まではこれまたてくてく・・・電車で長もの抱えて飯田橋往復。
でもさすがに帰りはパワー切れしまして、駅から武道館近くまでバス利用。
万歩計持ってたら相当いっただろうな。


日が長いので実感ないけど、帰ったらすっかり夕飯時刻。
母が「ぽんぽこ亭」の鰻を買ってきていて、土用の前倒しでいただきました。

慌ただしく動き回った一日で、お腹に入れたものがしっかり地元名物の美味というのも
ちょっといいもんだな。



by quilitan | 2017-07-20 21:48 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

夏の残念

今朝、電車で見た浴衣姿の若い女性。

浴衣はビビッドな紺地に色つきの花が飛んでいる、わりとありがちな色柄。
それをレースの半襟にレースの足袋、帯は半幅をお太鼓ふうで帯締めもして白い草履、と
浴衣を着物アレンジでお洒落にキメて・・・

・・・・・・・・・・いませんでした★

一番よろしくなかったのは、浴衣がちゃんと糊の利いたものではなかったこと。
何というか・・・袂とか裾とかの寝間着みたいなヨレ感がだらしなく見えてしまって・・・
ちょうど目を上げた所にビールの広告でぴしっとした浴衣姿の女性の写真があって
イヤでも比べてしまいました。
着物って四角いものだから、折り目がきちんとしているだけで全然見栄えが違う。
それに夏の着物なんだから、草履も革より網代なんぞの見た目に涼しいものの方がいいなあ。
バッグはちゃんと夏ものを持っていたんだし。
浴衣も、夏着物も、慣れない人ほど着ている本人は暑い。
でも、そこを涼しく見せてこそ粋!
和服はホントに見た目の着こなしが勝負と思っているわたくしです。
浴衣を着物のように着るのは遊び感覚で楽しいからいいんだけど
どうせならカッコ良く着ませんか、と思ってしまった朝のひとときでした。


それにしても通勤時間帯に浴衣・・・学生さんか自由業の方かしら。



by quilitan | 2017-07-19 22:56 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

手練れの技

今季の朝ドラ「ひよっこ」、見れば見るほど味わい深くて面白い。
「カーネーション」「あまちゃん」「マッサン」以来久しぶりに二度見する日々。

始まった当初、舞台が地方の農村で、いわゆる「田舎の子」の何気ない日常の話ということで
時代は違うけれど「天然コケッコー」を彷彿とさせるものがあった。
最初は設定や空気感が似ているからかと思ったのだが、そうじゃなかった。
それは、作家がその道の熟練者となって初めて描き得る世界という部分において同じなのだ。
回が進むにつれ「ひよっこ」の方は主人公の環境が変わったことで舞台や人間関係が変化しているけれど
やはり「日々の暮らし」から視点は離れることはない。
毎日15分間、あまりの隙のなさに驚くほどです。
日常生活というものは、とても小さな世界ながら立派な群像劇なのだということを改めて思わせてくれる。
登場人物は老若男女さまざま、観る側も然り。
でもたとえば私だって二十歳そこそこの女の子の恋愛にドキドキしたり
酸いも甘いも噛み分けた年配者のいうことも納得したり、ワケありの人の気持ちも分かる気がするし
これは全ての人物が適材適所にちゃんと配置されているからこそのことであって
そういう「作為」を自然に見せるのがものすごい熟練の技だと思うわけです。
言葉通りの “ひよっこ" を描くには、自分もひよっこでは無理だということだ。

若さで、前に前に進んでいく時にしか描けない世界もあるが
それを経て成熟した人の手になる作品は、尖った部分や派手な演出をどんどん削ぎ落として
小さな世界をどれだけ多くの人の公分母にできるか、に勝負どころがシフトしていくように思う。

きちんと作られた作品を見ると、ほんとうに気持ちがいいし満足だなあ。



by quilitan | 2017-07-17 00:33 | 見る | Trackback | Comments(0)

夏の餐

毎日お暑うございます。
そんな中、夏に相応しい贅沢な一品戴きました。

「紫野 和久傳」オードブルですよ〜〜!!


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何という贅沢でしょうね。

お酒のおつまみに、という送り主さんからのお言葉通り白ワインで戴きました。

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右上、お茶じゃありませんよー。

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オードブルって言うからちょっと足しましょうかね、と冷凍してあったハンバーグを和風味に仕立てまして
もう最高の夏の美味ですよ!!
ワインも進んじゃうったら・・・

ご飯も入らないくらいお腹いっぱいで幸せです。

Barriga llena , corazon contento

曾てキューバでよく聞いたフレーズ、こういうのはもう全世界共通なんだよね。


ご馳走様でした!

by quilitan | 2017-07-14 20:25 | 食す | Trackback | Comments(0)

勢いでゲット

どうしようかな〜・・・とずっと決めかねていたのです。
でもそろそろ図書館でも用が足りなくなりつつあって
先日も出かけた先で古書市を見かけて飛び込んでみたものの収穫無し。
そんな中、他のものを探して密林放浪中に何気なく検索したらヒットしたんですね。

勿論新品じゃありません。
でも、あら、発送元がウチの地元近くじゃない?
しかも今まで見た中で一番お安いじゃない??
ん〜〜・・・なんて思いながらもう右手はポチっておりました。


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買ってしまいました・・・全18巻。

発送元が超近所だったせいか、昨日払い込んで今朝もう到着。


そして、古書とは言えすごくきれいな状態でわたしゃビックリです。

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前にデパートの古書市で見かけたのはもっと古色蒼然としていたので
こんなにきれいなのは予想外の驚き。
ページがあまりめくられてないように見えるのは削りのような処理したからかもしれないし
月報も本当なら付いていたのかもしれないけれど、別に収集家ではないのでね、
私はきれいな状態で中身が読めるならそれで充分。


そして・・・どこに置くんだよ!という基本の問題は棚上げです。
積んであります。
ま、しょうがないっしょ!



by quilitan | 2017-07-03 09:40 | ハマる | Trackback | Comments(0)


久しぶりの中里恒子。


「わが庵」(短編集)も「南への道」もいずれもモチーフは作家本人の身辺の出来事。
このひとは、兄たちが揃いも揃って外国人を妻にし、果ては自分の娘までがアメリカ留学で現地の人と結婚して
そのまま永住してしまうという、いわば「それぞれの価値観」というつむじ風にずっと巻き込まれていたようだ。
確かにそうそうない経験だと思うが、それらが個人の雑感で終わらずに
作家としてのフィルターを通すことで「作品」になっているということだ。
それは作家自身も幾度となく書いていることであり、かなり自負心があるポイントなのだと思う。

今読んでちっとも古臭さを感じないのは、この作家の芯の強さが時代に関係なく
普遍的なものだからだろう。
“結局人はひとりで立っていくもの" というところで私は共感するのだ。
戦前の古い体質の中で「女は」とカチカチと固められて育つであろう時に
良くも悪くも自由な突風に晒されて揺さぶられて、でもきっとそのお蔭で
自分の「芯」の部分がはっきり自覚できたんだろうと思う。


「歌枕」や「時雨の記」のように、この人の作品は一見すると男性に対して痒いところに手が届く、もしくは
男が無理難題言っても堪え忍ぶような出来た女が多いのだが
でも実は男に凭りかかっていないのである。
むしろ男の方がもっと凭りかかって欲しくて、自分なしではいられない女であってくれと望んでいるように見える。
つまり五分と五分。
男女の間に置かれる骨董やら料理やらといったものがふたりの五分五分の繋がりを象徴している。
そういえば、私の大好きな中上健次の「軽蔑」でも、主人公のダンサーが自分の男に対して常に
「五分と五分」と呪文のように言っていたっけ。

もしかしたらその辺が私のツボなのかもしれない。


しかしそろそろ図書館の蔵書分は借り尽くしそう・・・さてどうしたもんかな〜。



by quilitan | 2017-07-01 23:29 | 読む | Trackback | Comments(0)

猫と雑文ときどきお絵描き  
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