猫まみれ

神奈川・東京・埼玉の猫好き仲間が集まって行ってきました、
川越市立美術館で開催中の「猫まみれ」展。


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以前隣の博物館でやった「妖怪」展がちょっと物足りなかったので
今回も市立美術館の展示だしねえ・・・と小馬鹿にしていたのだがさにあらず!
展示数はかなりのもので、猫・猫・猫、これでもかと猫づくし、見応えありました。
惜しむらくはグッズがないことですね〜〜!
展示数に比べたらほんの僅かなポストカードのみというのは淋しい限り。
藤田嗣治の絵なんか、ほんとポスターで欲しいくらいだった。
難しいんでしょうかね・・・

まあわたくしは地元なので、期間中もう一度くらい行ってもイイかな。


さて、ひとしきり猫にまみれた後は美味しいものを求めて川越散策。
すっかり観光地化している街中を歩くことは普段ないので、知らないお店も多いけど
オススメもそれなりにある。

時の鐘の下の〈田中屋〉が開いていたのでこれからお昼ではありますが、まずお団子1本。
ここのは軽いからね。
焼きたては格別に美味しかった!

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リサーチした小さなお店はあいにく満席(みんなよく知ってるなあ)で
とりあえず待機列に名前は置いたものの、ぶらぶら歩いている途中の鰻の匂いに
腹ペコーズは耐え切ませんでした。

〈小川菊〉さんで贅沢に鰻重でお昼。

美味しかった〜〜!


その後は猫グッズのお店で美術館のグッズ不足を補い、
立ち寄る雑貨や小物のお店でもついつい猫モノに飛びついたりと
猫尽くしの観光と相成りました。

一日観光にぴったりの街、とはいうものの、やはりそれなりに時間は食うもので
まだまだあそこも案内してない、あれやらこれやら食べてない。
皆様またゆるゆるといらしてくださいませ。

今日の満席のお店もリベンジしなくては!






by quilitan | 2017-01-31 22:45 | 見る | Trackback | Comments(2)

それぞれのポジション

エアコンをつけているのできっと上の方が暖かいんだろうなあ。

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パンが入ってると、どかせと無言で訴えて入ります。



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こちらは何とも罰当たりな場所で・・・ほとけさま、すみませんね。



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コビは重いから上に登れないのね・・・で、人が座って温まった椅子の上をご所望。



by quilitan | 2017-01-26 23:02 | | Trackback | Comments(0)

さて困った

中里恒子の作品が面白くて、色々読みたくなったのだが
いかんせん殆どが絶版状態なのですね。

で、古書サイトを見てみると、全18巻の全集がまとめて売られている。
作品についてよく知らないからバラバラで買うのもちょっと面倒くさいし
全集の割にそんなにバカ高いお値段ではない・・・欲しいなあ

でも小振りだろうけど、ハードカバーが18冊となるとかなり場所も取るだろうし
買って満足しちゃって、読まずに放っておく可能性が少なからずあるのがコワイ。

ああどーーーしよーーーーーっかなーーーーー!!!


by quilitan | 2017-01-25 20:09 | ハマる | Trackback | Comments(0)

うーん、やっぱりいい!
傍線のある古書だけど、やはり斜め読みでは勿体ないと思わせる作品。

男っぷり、女っぷりの描き方が本当にいい。うまい!
人生のいっときだけを切り取った物語でありながら
初老の男のそれまでの生きざま、その男に特に縁もないのに一緒に付いてきた
まだ齢半ばの女のそれまでのなりわいといった隠された時間を充分に感じさせる。
ふたりの位置関係が微妙に入れ替わるのも効いていて
ただの囲うものと囲われるものの話で終わらずに、人間としてきちんと息づいているのだ。
だから古さを感じさせないのだろう。
途中に介在してくる男の友人、これがまた“わかる”男で、このツボの抑え方は見事。
古典的な扱いをされているけれどある意味萌え要素に溢れた物語だと思うんですがね。
しかも表現がきりりと美しい。

こういうのこそ映画にしたらいいのになあ。
昔だったら加藤嘉と山村聡か、今なら奥田瑛二あたりでもいいかな。
友人役には北大路欣也で、女はちょっとふくよかさを感じさせる人で
・・・そんな妄想が膨らんでしまうのでありました。




by quilitan | 2017-01-23 22:22 | 読む | Trackback | Comments(0)

微妙なふたり

あ  イワゴーさんの番組だ!

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なんかうごいてる!

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 どれどれーあたいにもみせてー      
                     
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あ ほんとだー!うごいてるー!こいつめこいつめーーー
                     
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・・・・・・・・・

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その距離感は譲れないのかねえ・・・

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by quilitan | 2017-01-20 23:51 | | Trackback | Comments(0)

トホホなこと

中里恒子「歌枕」

いつも行く整体医院のそばにある味のある古書店で100円で売っていた。
中里恒子は「時雨の記」のみ読んでいて、内容はすっかり忘れたものの
何となく好きだったという記憶だけがあり、このお値段なら失敗してもいいやと思って購入。

・・・ある意味大失敗でした。

電車で読み始めて間もなく目に入ってきたボールペンの書き込み。
がっかりもいいとこ。
嫌な気持ちになりながらも先を読んでいくと、また書き込み。そして傍線。

ハラタツわ==!!!

せめて鉛筆なら消せるのに、よりによってボールペン!

そもそも書き込みした本を売るか!?
手垢のついた、という程度ならまだしもそこまで明晰な痕跡を残した本で他人にお金を出させるとは
どういう根性なのよ。
もう駅に着いたら捨てちゃおうかな、などと思いながら読んでいたのだが・・・
これがいい話なのである。
最初は気分も萎えていたので流し読みになってしまったのだが
読み進むうちにいつの間にか引き込まれてしまい、放り出せなくなってしまった。
静かな、でもそこここにいい引っかかりのある描き方。

これは、こんな汚れのある本で読みたくなかったなあ。
新しく買っちゃおうか・・・でもこのシリーズ、文庫なのに高いんだよね!

悔しいような、嬉しいような、“苦笑い”というものを実感しております。



以前、図書館で借りた吉屋信子の本でも書き込みに遭遇したことがあった。
それはさすがに鉛筆だったが、書き込みたかったら自分の本でやってちょうだい。
そしてそれは一生自分の本にしてください。
中里恒子にしろ吉屋信子にしろ、若者は読まないだろうと思うと・・・
無神経な人間にはなりたくないものです。





by quilitan | 2017-01-17 10:14 | 雑録 | Trackback | Comments(2)

どちらも必要

昨日観てきたばかりの「この世界の片隅に」。
映画の記憶もまだ湯気が出るほど新鮮なこのタイミングでNHKが特集していた。

最近の「クローズアップ現代」は広く浅くで薄味なので大体は予想通りの展開。
戦争が特別なものではなく、その時代に生きていたら日常にするりと入り込んできてしまったものとして
この作品が作り上げた「私だったかもしれない一庶民の目線から戦争を伝える」という新たな形が
戦争を知らない世代をも惹きつけたのだ、と。
確かにこの作品は進化形なのだ。

でも戦争の語り部としてずっと活動していた人たちが
残酷な映像ばかりのドキュメンタリーは最近は上映する場も殆どなくなってきたと
ちょっと歯がゆそうに語っていたのを見て、それはそれで問題なんじゃないかと思った。

原爆でひどい傷を負ったひとびとや、焼け野原に骸の山の映像。
子供の頃に見せられてトラウマになったという声もあるけれど
私は「恐怖」という感覚は必要だと思っているのです。
但し特定の権力者が支配するための道具として用いる恐怖ではない、絶対的な恐怖。
何が怖いって、私は“怖いものを知らない人”が一番怖い。
怖いものを知らなければ人はどんどん傲慢になる。
恐怖だけがストッパーなのだ。


これまで「苦み」ばかりだった戦争の伝え方に、ひとつ選択肢が増えたことはとても良いことだ。
でもだからって苦いのはもういらないというわけではないと思います。

甘いも苦いも、どちらも大事なもの。



by quilitan | 2017-01-13 00:42 | 考える | Trackback | Comments(0)

「この世界の片隅に」

・・・“あの” 川越スカラ座が満員札止めになった!!

“あの” スカラ座で、通常の上映なのに整理券が配布される!!!

これはやはりスカラ座で観なくては!


原作はあいにくと未読です。
でも、アニメーションならではの表現が素晴らしい映画。
原作の絵のタッチも淡泊だし、物語も淡々としてはいるが
リアルに描かれた緻密な風景と、主人公「すず」が描く心象フィルターを通した風景が
とてもうまく混じり合って、こともなき日常を耀かせている。

そして戦争の末期、畳みかけるように襲ってくる空襲、爆撃のシーンでの
その表現力は目を瞠るものがあった。
直接的に死や苦痛を感じさせるような過激なものは何もない。
なのに、まるで自分がその爆撃の下にいるような恐ろしさがある。
いち庶民の頭上に爆撃機が見えた時の恐怖感が真に迫って伝わってくる。

原爆投下の瞬間も秀逸だった。
遙か昔、山岸凉子さんが見開き真っ白でその瞬間を描いたことがあって衝撃だったけど
ここでそれは日常の間に不意に挟まれて、身構えていたこちらがちょっと恥ずかしくなった。


多くの人が大切なものを失い、それでも生き残った人はそのまま生きて行くのだという
これまた当たり前のことを淡々と描き続ける。
悲しい気持ちで立ち止まらせない。
この映画で涙するのは、ただ「愛おしさ」にだ。

昭和レトロなスカラ座を出ると、暮れ色にはまだちょっと間がある灰青の空に大きな月。
まだ満月ではないけれど煌々と照っている。
その美しさを目に、ぼんやりと映画を反芻して歩きながら思った。
風景を忘れないでいようと思わせる映画だったな、と。


ちなみに主人公を演じたのは、能年玲奈改め「のん」さん。
ちょっとぼやーっとしたキャラはイメージにぴったりと評判も良いようだ。
でもやはり声の仕事は声優さんにお願いすべきではないかな。
何度か聞き取れなかったんだよね、すずのセリフ・・・
冒頭の子供時代の声にもちょっと違和感があった。
これはもう技術的にプロとアマの差ということ。
イメージを伝え、そしてその通りの演技が出来るのがプロなのに、と思うわけです。
・・・まあいろいろオトナの事情があるのかもしれませんが・・・



by quilitan | 2017-01-11 23:56 | 見る | Trackback | Comments(0)

神の声の捉え方

射初めの射会のあと道場に行けなかったので、今日は4日振りの稽古。

そしたら皆中1回出た。
さらには、人が少ないからちょっとやってみましょうよ、というノリで
練習に付けた金的(モチロン使い古し)でまた中り。


そりゃ気持ちいいけどね、
でもこれは浮かれてはいけないということだと逆に思い知らされた気がする。

中ったからといって必ずしも良い射だとは限らないわけだし
まだちょっといじればどうにでも変わってしまう射なので油断は禁物なのだ。
参段受かったあと、引く度に気持ち良くて外れる気がしないとさえ思ったのも束の間、
泥沼のトンネルに突入したのを忘れてはおりません。

気を付けよという神の声だな。



by quilitan | 2017-01-05 21:35 | 弓道 | Trackback | Comments(0)

猫と雑文ときどきお絵描き