本屋にて

各出版社がこぞってイチオシ的なものを展開する季節のようですね。
読書週間なんてものがもう始まっているのかしら?

たいていはカドカワ・新潮がメインで、たまに集英社が得意の漫画家表紙起用で攻勢をかけて
「この100冊!」といったような展開がなされるのだが、今回珍しくハヤカワが出張っていた。
古典ともいえるD・フランシス、クリスティ、デューン(但し石ノ森章太郎のイラストはなし)などが並ぶ中に
クイーンの「九尾の猫」(新訳)があったのが私はとても嬉しかった。
そうですよ、もっともっとお薦めしてくださいよう!

そして、最近学習漫画もまた注目されているようで
まとまって展開されている数種類の学漫の中に、文庫版・集英社「世界の歴史」もありまして
よろしくお願いしまーす!・・・と心で叫んでおりました。
ただなぜか6巻だけ表紙が今までのものとは別の体裁に差し替えられている不思議。
何か理由があったのだろうか・・・?


国書刊行会も面白そうなものを次々と出してくるし
書評を見ればあれもこれも読んでみたくなるけどそうそう読めないのも分かっているし
買って満足してしまう癖もありで困ったものです。





by quilitan | 2016-09-28 21:11 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

怒り

私はなぜか「悪人」という映画がとても気に入っていて(なので原作は読んでいない)
それと同じ原作者・同じ監督、という組み合わせなので期待して鑑賞。

2時間半近い大作だけど、どの役者さんもしっかりしているし、長尺という感じはまったくなかった。
ただ、一つの作品を観た、という達成感は「悪人」の方に軍配を上げる。
何となく落としどころが今ひとつ納得できないでいるのだ。
殺人犯をあのような形でベールの向こうに置いておきながら、
その人物像が、別の人間から “見てきたように” 語られるだけというのもちょっとモヤモヤ。
いっそ全員シロで最後まで通して欲しかった。


話の構成からいって、どうしても第三者的な俯瞰の位置から物語の進行を見ることになるので
たぶんそこが共感しきれない部分なのだと思う。
技術先行で、ちょっと感情が伴わない。
逆に気持ちを揺さぶられる部分はあまりに直截的すぎる。
もしかしたら本当はこれだけを言いたいがために他の場面を作り出したのか?と思うくらい。


そして、こちらの気持ちを画面に引き入れる役割を果たさなくてはならないラスト、
宮﨑あおいは良いとしても、やはり広瀬すずにはちょっと荷が重かったのではないだろうか・・・
広瀬すずも頑張って汚れ役やったんだろうけど、でも綺麗すぎる。
あれでは宮﨑あおいとのバランスが悪すぎる。
負の部分が感じとれないのは厳しいな。
むしろ広瀬の相手役だった少年の方が地味ながらものすごく光っていて
佐久本宝という新人だそうだけど、私には彼の演技、言葉が一番心に残った。

せっかくの錚々たるキャストなのだが、みんな巧すぎるがゆえに重量が同じになってしまって
却って素朴な彼が一番本物に見えたという、なんとも皮肉なことが起こってしまった気がする。
「ガラスの仮面」でいえば、今回の彼が北島マヤで、あとはみんながみんな姫川亜弓ってところでしょうか。


三人分の感情について来い、というのがそもそも厳しいのかもしれないな。
あれこれと、ちょっと〈もったいない感〉がある映画でした。



by quilitan | 2016-09-27 15:13 | 見る | Trackback | Comments(0)

原作もの

法月倫太郎原作のミステリードラマを見た。
原作は未読だがとても楽しみにしていた。

なぜならば、法月倫太郎が〈エラリイ・クイーンマニア〉だから!!

そんなふうに端から二次創作的な目で見てしまっているのであまり大きなことは言えないが
原作と比較しないでの出来栄えとしては・・・わかりにくかった。
面白かったんだけど(特に長谷川博己が和製エラリイにしか見えなくてもう!もう!!!)
原作ものを別の形で表現するには、元になったものを“自分として”どのようにどこを表現したいのかが明確でなければただ入れ物を借りただけでしかなくなる。
今回のドラマはそこまでいい加減ではなかったし、それなりに愛情は感じられたけれど
ここを見せたい、と思わせるようなツボを入れすぎて、要は散漫になってしまったということ。
どこも捨てられなくて、でもキャラも立てたいし、と欲張りすぎでしたね。
創作に関して一番重要で難しいことは〈捨てること〉なのです。
見せたいもの、言いたいことはいくらでも出てくるので
その中から選りすぐって“これ”というものを残すことが表現者としての最後の大仕事。

どんな物語や絵画や音楽でも、豪華絢爛に風呂敷広げればいいというものではないのだ。

たまたま昨日は舞台版の「ガラスの仮面」を前方ど真ん中という絶好の席で観る機会に恵まれたのだが
こちらはもう端折り方、まとめ方、あの膨大でなおかつ未完の大作の中から
どこをどう出してくるかというさじ加減が絶妙でしたね。
記憶に残っているセリフがいくつも出てきたということは
何が読者の心に残ったかを作り手がちゃんと理解しているということだ。
そこを踏まえて、“舞台版”というもうひとつの作品を作っている。


面白かった。あそこ良かったよね。あのシーン、セリフ、忘れられない。
そういうものが残れば原作ありだろうがオリジナルだろうが関係ない。
ちゃんとこちらに伝わればそれはひとつの作品として成立する。
見せかけの話題性やら小ネタ尽くしや豪華キャストでお茶を濁すのは止めて欲しい。
まあ色々オトナの事情があるのかもしれませんがね。


法月さんはキャスト的には申し分ないので、続編も期待したいが
できれば本家エラリイ・クイーンの翻案をやってくれないかなあ。
BBC「シャーロック」くらいガラッと赴き変えてもいいから(骨子は変えないでほしいが)
長谷川博己でエラリイ・・・・・お願いしたいよ〜・・・・
(その時は警視は奥田瑛二ではカッコ良すぎるのでもう少しひからびた感じの人で・・・)
映像化にこれほど恵まれていない作家もいないんじゃないかと思うので
ここは一発、日本発信のEQを!! ぜひ!!


by quilitan | 2016-09-24 11:57 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

三つ子の魂

遅すぎた私の音楽への目覚めはゴダイゴ。
しかも、ヒットソングど真ん中の「ガンダーラ」でハマるという
まんまとしてやられた状態でどっぷり浸かりました。
始めて行ったライブも、アルバム(もちろんレコード)を買い揃えたのもゴダイゴ。
なので私のベースにはしっかり彼らの音楽が植え付けられている。

いま、CSで放送された40周年記念ライブを観ながら
たとえタケカワさんがどんなに太っても、声が危なっかしくなっても、メンバーがどんどんおじさんになっても
ずっとずっと聴き続けていられる、とあらためて思うのでした。
今聴いてもどこも古びていない。

いっときあるバンドに熱狂して、でもある日いきなりふうっと醒めてしまった、この差は何なんだろう。


ゴダイゴのファンでいてほんとうに良かった。

今はBUMPも加わって私の脳内は賑やかです。




by quilitan | 2016-09-22 22:23 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

幼稚園児?

私の部屋のテレビ裏に味をしめたパスは、その後も私の留守を良いことに
何度も潜り込んでまったりしていたらしい。

もちろん、母は私と違って怒らない。
ただでさえ壁際の狭っ苦しいところなのに加えてあれこれ邪魔なモノが置いてあったりで
無理矢理引きずり出すことが母には物理的に難しいせいもあるのだが
嫌われるようなことはしたくないのが本音。
しょせんは私の部屋のことだし・・・というわけで、入ったら自分で出てくるまで「しょうがないわねえ」。


それが2日ほど続いたのだが、その後はもう入っていないとか。


それってもしかして、やりたいことやって怒られなかったからもう満足したー!
・・・ってやつ?

怒られるからますますやりたい!
・・・ってやつ===!??


やっぱり猫のおつむの中身は幼稚園児あたりなんだな、と改めて思う。

ちょうどそのくらいの年の姪っ子ちゃんを見て
「ウチのコ(ねこ)と同じじゃん」と思うのは間違いではないよなあ。
よその子でも思わず「ウチと一緒!」といいたくなることがあるが
そこはじっと我慢するオトナなわたくし。


by quilitan | 2016-09-15 15:05 | | Trackback | Comments(2)

お誕生日だったのだ!

ちょっと気まぐれで片付けた隙を突いて
私の部屋のテレビの裏側を知ってしまったパスが今日も潜り込んでいた。
しかし実は潜り込まないように一応対策もしてあったので
入り込んだはいいが出てこられないという事態に。
しかたがないのでおやつで釣って、頭を出したところで強引に引っ張り上げたら
これがまあおかんむりになっちゃって。
むすーっとしたまま逃げ回り、挙げ句の果てに本棚の上のさらに奥の方に入ってしまったきり
なだめてもすかしても出てきやしない。
母が甘やかすからもう・・・・・

でもわたくし、今日からお仕事なので
(ヒトが)猫なで声でおべっか使ってそのまま出かけてきました。


出がけにわがままパスちんに振り回されてしまったもので
すっかり忘れちゃったじゃないのよ・・・・

キッカちゃんハピバ〜〜〜〜!!

by quilitan | 2016-09-10 00:14 | | Trackback | Comments(2)

君の名は。

スカラ座以外で映画を観るのは久しぶり。
わりと遅めの時間だったのだが、かなりの客入りでした。


新海誠作品、そのクオリティはもう言うまでもないことだが
ああああこう来るのかあああぁぁぁ・・・・・・という映画だった。
途中の展開など、ホントに私のツボに直球ド真ん中で来ましたね。
これは限りなく「浄化」の世界。

新海誠の作品は、あざといくらい切ないメロドラマの匂いがする。
ただ、これまでは、出会いは運命的なのに行き着く先はそうではないというものが多かったけれど
今回は違った。
目まぐるしい展開にこちらを引きずっていくのは同じだが、すれ違いはちゃんと帰結する。
すれ違ったままで終わると心はざわめいたままで落ち着かないくせに
収まったら収まったで、何となく出来すぎに思えてしまうこの天の邪鬼さよ。
でもほんとうに緻密に、じっくり練られた物語なので観たあとはお腹いっぱいである。

運命の相手、運命の悪戯、などというアナクロな純粋さが
一分の隙もない背景の美しさによってこういうこともあるかもしれない、と思わせる。
これはアニメーションでしかできないことだ。
あの美しさは実写のCGでは出せない。現実に近すぎてダメなのだ。
ものすごい広い世界にいる、ということを感じさせるあの風景は唯一無二。


ちょっとノリが細田守のそれに近く感じたのは、主役の声が神木隆之介だったからかな。
私は基本的に俳優が声の仕事をすることに対して好ましく思っていないのだが
神木君だけは別。
彼はちゃんと「声の芝居」が出来る。


それにしても、こういう絡まり合った物語って最初の思いつきはどこだったんだろう。
隕石の落下か、それとも他人になった夢を見たことがあるとか・・・
余計なこと考えてしまうなあ。

とにかく美しい映画でした。
もう一度観たい・・・かもしれない・・・


by quilitan | 2016-09-07 23:40 | 見る | Trackback | Comments(2)

まだまだ夏の気温ながら、風は秋らしさを漂わせてきた今日この頃。

そうそう、風が通れば廊下は涼しいよね。
よく知ってるよね。


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・・・たぬき。
でも触ると結構骨張ってたり、顔も小さかったりするんです。ホントホント。
モフモフさえなければキッカのサイズに近いんじゃないかと思うんですけど・・・
まあそうは見えないやね。


こちら本家本元チビッコサイズ(頭身が変なのは置いといて)
暑くても押し入れが好きです。

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キッカはほんとに小さくたためるコだなあ。

by quilitan | 2016-09-05 21:14 | | Trackback | Comments(0)

その後

先日ちょっとぶつぶつ言っていたケーブルTVの件。

新しいコースの内容や料金についてはとてもきちんと説明してくれたのでそれは納得したのだが、
やはり「こっちが頼んだワケじゃないのになあ」というのがどうしても気にかかり
ちょっとHPで質問してみた。
たかが3000円くらいでケチくさいかもしれないが、引っかかりがあるままではちょっと・・・

で、お返事頂きました。
今の旧サービスは、もちろんいずれは使えなくなるし、ネットの速度も相当遅い(らしい)ので
変更することをお勧めはするけれど、とりあえず今は「しなければならない」わけではない、
ということで結果的に今回の変更はキャンセルすることに。
ちょっとクレーマーしちゃったかしらねえ・・・

向こうとしては、もちろん旧システムからの移行はまず推奨すべきことで
そこに色々プラスになるサービスもあるのでいかがですか?ということだったのだが
こちらとしては、メールアドレスも変更しなければならなかったこともあり
わざわざ電話があって担当の人が来ると言うので
いよいよ旧サービスはもうお終いなんだと何となく思い込んでいたのですね。
もし手数料の件がなければ新しい契約内容でちょっとお高くなるのは仕方ないと諦めて
そのまま変更していただろう。
「新しい契約内容への変更はしなければならないのか、任意なのか」というところで
こちらの思い込みがあったのも事実なのでいささか申し訳ない気持ちではある。

ただ、私が「こちらで頼んだことではないのに手数料?」とぶーぶー言った時点で
「強制ではありません」のひとことがあればそこで断ったのに・・・とちょっと思った。
それを言ったら私が最初に「今やらなくてはいけないのか?」を確認すればよかったんだけどね。


やらなければならなくなったらやりますんで。
すいません。


by quilitan | 2016-09-04 19:43 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

@スカラ座

ドーピングによって、癌の克服からツール・ド・フランス7連覇という伝説を作った
ランス・アームストロングの映画。

近藤史恵さんの小説のお蔭で、ちょっと自転車競技に興味があったし
当時のツールの実況も使われているというので見てきた。

それにしても、勝ちたいから、勝てる身体になりたいからと
あまりにもあっさりとドーピングに手を染めることに驚いた。
逆に言えば、ドーピングでもしなければ良い成績が残せないようなレースというのは
そもそもどうなんだろうか。
初めから人間の体力の限界を超えているということでしょう?
結果的にドーピングが公になってしまったので全ての栄光は地に墜ちたわけだが
組織でやればあそこまで見事に騙しおおせるものかとそこも感心してしまう。


でも一番印象に残ったのはツールのコースですね。
ツールのレースはきちんと見たことがなかったが、山岳コースなんて未舗装だし
ここを猛スピードの自転車で走るなんて自殺行為としか思えないような恐ろしい道だった・・・
まるで日光のいろは坂の片側が断崖になったような道で、車並みのスピードの自転車が接触寸前で走るって
そりゃアドレナリン出まくりでしょうよ。
その結果莫大な賞金と名誉も付いてくるし。
色々な意味でハイになってしまうスポーツということか。


それにしても薬もずいぶんと種類があるもんだ・・・



by quilitan | 2016-09-02 21:42 | 見る | Trackback | Comments(0)

猫と雑文ときどきお絵描き