鑑定士と顔のない依頼人

*見る予定の方はスルーしてください。



原題は 「The best Offer」
オークションでは「最高入札額」という意味らしい。
何となく実感の湧かないタイトルではある。
でも、こんなミステリ仕立ての邦題はどうなんだろう。
ただでさえネタバレ禁止、結末は言わないように、と巷で言われているのに
ミスリードしているようなものだと思うのだが・・・
ちなみに私自身、若干ミスリードされたクチ。

もっとも、ネタばらしではなくても
オチは言わないで、とか、結末は賛否両論です、などと言われた時点で
「どんでん返しがある」ことくらいはわかるというものだ。

そんなわけで、ある程度斜に構えて見てしまったけれど
これを、愛のない映画だと思ったのはそのせいでは決してない。

心がない。

腕に覚えのある監督が、そのテクニックと美意識を発揮して
さらにミステリのスパイスととラブストーリー風味を利かせて
技巧を凝らして作り上げた逸品・・・
なのだろうが
私には、まるでどんでん返しのためだけのストーリーとしか思えない。

  芸術作品に、本物と見まごうばかりの贋作があるように
  人間の感情も、本物そっくりに偽れるものなのだ。
  喜びも憎しみも悲しみも、愛情さえも、"贋作"たり得る・・・

そんな台詞が随所に見受けられたけど、それで納得しろと?
そういえば、映画の中で重要なモチーフとして機械人形(オートマタ)が出てきたけれど
この映画こそ、機械仕掛けの精巧な作り物といえるかもしれない。

いや、もしかしたら醜悪な映画が作りたかったのか?
見かけは美しい美術品や(嫌味なほどに)洗練された紳士の振る舞いで
画面を満たしながら、その実、振り込め詐欺に騙された老人を見ているような
うすら寒くなる映画を作りたかったのか。
ちょうど、映画の中で徐々に組み立てられていくオートマタが
“姿を見せない女のような美女”の形になっていくのではないかと
こちらに想像させるように仕向けておいて
最後に出来上がりで現れた姿が、つぎはぎの醜い化け物にしか見えなかったように?

いずれにしても、胸に残るこの後味の悪さよ。


この監督の「海の上のピアニスト」は好きだったんだけどな。
by quilitan | 2014-04-30 17:40 | 見る | Trackback | Comments(0)

ヒトもパグも

恒例の、春のお誕生会シーズン。
最近は春はもっぱら「el lagar」さんで催されます。
そして今年の寒梅さんのリクエストは、

  ちょっとお高いワインをみんなと一緒に!

という、何とも太っ腹なものでした。
(あ、ちなみにワタクシは猫柄の傘をいただきました〜♬)

さあ、これがお裾分けありのプレゼントです!
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この美しい色・・・
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お店のママさんが注いでくれた後
「少し置いて味の変わるのを楽しんでくださいネ」とおっしゃる。

時間と共に味の変化を楽しめるお値段のワインなんて
なかなか自分ではねえ・・・
もちろん、私たちのお財布が許容できる範囲を越えるものではないですが
0の数がひとつ違うだけで、こんなに美味しいものなのねえ。
馥郁、という言葉がぴったりのお酒。
ご相伴させて貰ってありがたや〜!

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ママさんからはこんなサプライズもあり

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久しぶりのパエーリャで満ち足りたお誕生会でしたよ。



そして、明くる日は、寒梅家の、そして寒梅家から巣立っていった
初代ろさのこどもたちの10歳のお祝いが催されました。
正確には5月2日(3日にまたがったのも・・・)ですが
めでたくみんな元気に10歳を迎えておめでとう!

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パグズにもちゃんとお祝いケーキが用意され

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わらわらわらわら食べる食べる。

あ、テーブルにはこちら人間用の美味しい膳がたっぷりね!


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2代目ろさ・・・本来の主役じゃないものの、さすがそこは若さ、
がっつりケーキにまみれておりました。

  美味しいって幸せだよね!

とイヌもヒトもこれは一緒。
by quilitan | 2014-04-29 13:52 | 食す | Trackback | Comments(2)

きっと前世は・・・・

わけもなく惹かれるので、もう血の中に呼ぶものがあるんだと思うことにしている。

スペイン本国およびラテンアメリカの文学は私の心の滋養です。
もちろん網羅はできないけれど、努めて手に取るようにはしています。
その中でもやはり白眉となるのは Gabriel Garcia Marquez 
(そのわりに代表作を読んでいないというお粗末ぶりはまあご愛敬で)


その、ラテンアメリカ文学の巨星ガルシア・マルケスが先日亡くなった。
文学史上においての大損失を嘆くより、私がとっさに思ったのは


今こそ「ローマの奇跡」をDVD(Blu-rayでもいい)に!!


彼の作品は映像化されているものがとても多い。
そもそも、私が最初にマルケスに出会ったのも映画の「エレンディラ」だった。
主役のエキセントリックな美少女と、真っ青なケーキを頬張る老婆の印象的だったこと。
(その後、青いケーキは普通にあるのだと知った)
これがラテンアメリカ映画にはまるきっかけとも言える。

そして、私の一番好きな映画が「ローマの奇跡」!
公開されたのはもう20年以上前になるけれど、未だこれ以上の作品に出会っていない。
今まで観た映画の中で、セリフの一言一句を全て覚えたい衝動に駆られたのは
「太陽の王子ホルスの大冒険」とこの映画くらいだ。



コロンビアの小さな町で父と二人暮らしの小さな少女エベリアが
ある日突然父の腕の中で死を迎える。
本当に前触れもへったくれもないくらい唐突に訪れる少女の死。
そして数年を経て、墓地の改修の為に
一度埋葬した遺体をそれぞれの家族が引き出していく際に
父親は、埋葬されたときのままの姿をとどめる愛する娘を見出してしまう。

それからは、やれ奇跡だ、聖女に列するべきだという町の人々の後押しもあって
貧しい町から聖人の認定を受けるためにカトリック総本山のバチカンに向かう父と(棺桶の)娘。
お定まりの権威主義のバチカンに翻弄されながらも
寄宿するオペラ歌手志望の男の情けに助けられ
何より娘への愛情だけをよりどころに聖人の申請をするためにローマに留まる父親。
父親にとっては、娘が聖女になろうがなるまいが本当はどうでもよく
自分をローマに旅立たせてくれた村人達の善意に応えるためと
奇跡だろうとなかろうと、そこに生きているかのごとき娘がいる現実を
認めて欲しいという願いだけでバチカンに無意味な日参をするのである。
そして、ある日奇跡は起こる。
(ここで朗々と歌われる「人知れぬ涙」のアリアの美しいこと!)
権威もなにも飛び越えて、娘はその目を開き、父親と今まで通りの愛情を交わし合い
手を取り合ってバチカンとは程遠い騒々しい街中に消えていくのだ。
聖なるものは、死んでなお姿を変えなかった娘ではなく
実は父そのひとであった、という物語。


この映画、一体何度観たことだろう。
思い出したように単館にかかったりしていたので
上映されると聞いては足を運び、貪るように目に焼き付けた。
それほどに、私の中に深くくさびを打ち込んだ。
この作品に出会えたことを、本当に幸せに思う。
グアテマラで原書を見つけたときは嬉しかった。
ちなみに私、これと「ゲド戦記」と「磐面の敵」と「プラテーロ」は原書で持っている。
・・・読めようが読めまいが、"持っていたい"というやつです。

私の知る限り一度だけテレビで放映された。
その時に運よく録画できたものをお宝のように持っている。
元がビデオ録画なので今となっては画質もかなり落ちているだろうが
あるだけでも幸運というもの。

日本でも名の通ったマルケスが亡くなったこの機に
どこかの誰か、これをちゃんと形にしてはくれまいか!
こんな美しい作品が埋もれてしまっているなんてもったいないやら悲しいやら
もういちど陽の下に、と願わずにはおれません。




そういえば「美しい水死人」という短編も
モノクロ写真のコラージュでそれはそれは美しく、そそる本になっている。
まさに「美しい」水死人。
ただ、古書扱いで海外からなので買うにしても少々お値段が張る。
欲しいんだけどなぁ・・・
by quilitan | 2014-04-25 23:18 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

今年も

藤が咲きました。

まれに見る大雪があったり、あまり日が照らなかったりしましたが
ようやく春らしいポカポカ陽気で一気に開花。

直植えにすればもっと大きくなるのかなあ・・・・
夢は藤棚です。

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by quilitan | 2014-04-24 23:29 | 雑録 | Trackback | Comments(4)

川越スカラ座にて。

予告で流れていた音楽(歌)がとても心地よかったのだ。
カントリーなんだけど、女性の声がとても耳に懐かしくて私の好みだった。
ベルギー・オランダの合作で、あまり馴染みのない文化圏の作品だけど
けっこういろいろな賞を獲っているようだし、ぱっと見の評価もかなりいい感じ。
期待して見に行きました。

行きましたがねえ・・・・


楽団のバンジョー弾きの男と、タトゥーだらけの女の物語だと思っていたので
最愛の、かけがえのないものだった娘の死が軸になっているのは意外だった。

子供が亡くなる件りでは思わず脊髄反射でちょっと泣けたけど
何だろう・・・この感情のちぐはぐさ。
見せる手法として、現在と過去を入れ子式にしているんだけど
その順序とかタイミングなんかがきっと私の波長と合わないんだろうな。

確かに子供はとても可愛かった。愛情を一身に受けている可愛らしさがあった。
でも物語の中心だったかといえばそうでもないし
ふたりの人生を変える何かであったという描き方もされてなかった。
どのエピソードも同じ比重に思えたし、
だから子供の死をきっかけに湧き出す感情の唐突なこと。
女が喪失感で自暴自棄になるのはわかりやすい。
でも、男がいきなりブッシュのキリスト教原理主義批判に奔った時はビックリした。
そりゃ私だって進化論より神と言い放つを愚の骨頂だとは思いますが
男のいう、何でもかんでも唯物論みたいなのも受け入れがたい。
女のいうように、死んだ人がお星様になる、と信じるのはその人の勝手だ。
それを嘘だといって否定する権利は誰にもない。
あげく、ショーの最中に何で演説しちゃうの・・・・そういうメッセージ映画なの?
その時点で私は男にイラッと来てしまい
なんだこの映画・・・・になっちゃったんだよなあ。

で、結局女は子供の死を乗り越えようにも
感情をないがしろにするようなことしか言わない男とは相容れないと悟って
自ら死を選ぶんだ。
最後に、女がタトゥーで彫り込んだふたりの名前は現世のものではなく
「生まれ変わった名前」。

そして死の間際に、女の魂(男が決して信じないであろうもの)が体から抜け出して
医師から宣告を受ける男の傍にたたずむのだ。
(・・・わたしならそのまま女を男のそばを通り過ぎるままにするだろう。)

死出の旅に出た女に男がいう。
      「娘によろしく伝えてくれ」
信じていないはずの「あちらの世界」を自ら認めたわけだ。

思わず、「ハイ、あんたの負け!」と心で呟いてしまった私。
でもそういう映画じゃないよねえ、これ。

いろいろな意味でことごとく予想外の映画でした。


音楽は良かったな〜。サントラ買おうか迷ったんだけど買わずにしまった。
ちょっとジョーン・バエズを彷彿とさせる
女の声がやっぱり好きだわ。
by quilitan | 2014-04-21 21:31 | 見る | Trackback | Comments(0)

合ってるの?

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親猫 と 子猫   ではありません。

キッカちゃん、抱っこするとけっこう重くなってきてるし
顔も丸くなってきたね、なんて思っていたけど
こう並んでしまうとねぇ・・・・・


プラスとマイナスの振れ幅がちょっと大きすぎです。


***

さっきコビが夜の散歩に出かけていて
ガラスに影が映ったので帰って来たかと開けて見れば
そこにいたのはシマちゃんだった。
今頃ご飯の催促ですか・・・・まあいいんだけど。
by quilitan | 2014-04-20 22:50 | | Trackback | Comments(0)

ヌーヴェル シノワズリ

とっても美味しい中華をご馳走になりました!

お店はすごく小さくて
構えも中華料理屋然としたところがあまりない。
料理も同じで、いかにもな中華っぽさとは若干違うけど
でもすごく美味しかったのですよ!

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オードブル盛り合わせの充実ぶりハンパなし。
チャーシュー美味しい〜〜
紹興酒が進む〜〜〜〜!


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熱々の揚げ茄子に香味ソースがこれまたうまいのだ!


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エビマヨ・・・・なんだけど、こういう形状は初体験。
サクサクで良いですねえ。


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これは何でしょう?
      ・
      ・
      ・


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ご飯にフカヒレのあんかけがかかっております!
お一人様用ミニサイズ。
こういうのも中華ではありそうでない。


写真を撮る間もなく食べてしまった海鮮焼きそばに
汁そばは季節の桜エビ入り。
細麺で私好みでしたねえ。


で、締めのマンゴーソルベ・・・・・これが本当に美味しくてですねえ!!
完熟マンゴーの味がしたんですね。
もちろんある程度作られた味なんだろうけど
本物のフルーツに劣らなかった。
南国の市場でかぶりつくマンゴーの味よ・・・


こういうお店が近くにあったら嬉しいなあ。

ご馳走様でした。幸せ。
by quilitan | 2014-04-19 01:15 | 食す | Trackback | Comments(2)

Only Lovers Left Alive

「この世に二人だけ」という映画。

吸血鬼の男女(夫婦だけど恋人同士のような)の
長い長い永遠の時間の中のいっときをペダンチックに描くファンタジー。
二人の口に上る〈過去に関わってきた著名な〉作家や音楽家や政治家の名前に
ジム・ジャームッシュってクドカン的なオタクだな、と思ってしまった次第。



映像はとても印象的だ。
二人はそれぞれ時間の吹きだまりのようなモロッコと
自動車産業の隆盛で繁栄し、衰退の大波で夢の跡となったデトロイトに暮らす。
吸血鬼にとって、時間は自分の外側を流れていくもの。
窓越しの雨を見ているだけで濡れることはない。
まわりの変化とは混ざらない、過去の堆積物である生を持つ身に相応しく
時間の流れから置いていかれた、或いは脱落した街に住んでいるんだろう。

何か事件が起こるというわけでもなく
まあ若干二人をひりつかせるようなことは挟まれるけど
それもスペクタクルな危機となるわけでもなし
ただ、淡々と〈LIVE〉ではなく〈ALIVE〉が続くのだ。
淡々とね。
その辺が何となく岩井俊二を思い起こさせる。

そういう映画なので家で見たらきっと途中で寝るだろうけど
真っ暗な映画館のなかで、だるいプログレ系の音楽と変化のない映像で
漫然とした雰囲気に浸るのは嫌いじゃない。

何より、主役二人のいかにもな病的な吸血鬼がいい。
特に女優のティルダ・スウィントンの雰囲気は素晴らしい。
(調べたら「オルランド」の主演女優だった)
あの乾いた寂寥感はたまりませんね。
白くてカサカサ・・・そして美しい!
「世にも怪奇な物語」でフェリーニが監督した作品に出てきた
真っ白いお化けの少女に通じる "魔"の要素が感じられた。

諦めつつも、そのまま朽ち果てる気はさらさらなく
これからもまたいつまでも生き続けるんだろうな。

「ふたりだけで、この世の終わりまで」
by quilitan | 2014-04-12 12:35 | 見る | Trackback | Comments(0)

STAP狂躁曲

私は理系ではありません。
科学は嫌いではないのですが、いかんせん算数からの落ちこぼれなので
先に進めなかった人間です。

そんな完全文系の門外漢にも
今回の騒動はイヤでも目に入りますよ。
ただ、20代の若い研究者を世紀の発見者としてもてはやした浮かれ方や
一転してやれ捏造だ不正だと四面楚歌状態で叩きまくることに
何だか焦点がずれた気持ち悪さを感じます。

ようは小保方晴子さんが、いみじくも自分でいわれたとおり
 「研究者として不勉強で、不注意で、未熟だった」
ということに尽きると思うのですがね。


他人の論文をコピーする時点で「研究者」としては失格。
実際自分で出した結果より見栄えを優先する時点でやはり失格。


思い出したのが私の短大の卒論(短大のクセに卒論があった)。
いったん提出したあと担当の先生に呼び出しを食らって
「本当に自分で書いたのか?」といわれた経験があります。
資料に使った古典の文献を、原典を載せず現代文だけを書いたので
その現代語訳文は自分でやったのか、転用なのかを問い質されました。
もちろん自分で訳したのでそう答えたのだけど
結局引用した原典を全部書くようにとのお達しを受け、再提出したのでした。

たとえ同じ結果が出るにしても、自分の言葉で結果までの道筋を表すことこそ
「研究」というものであって、それは学問する人の基本中の基本であるはず。
短大の卒論レベルでもちゃんとそういう教え方だったことを思うと
経過をショートカットすることに疑問を持たないまま
研究者としてやってこられたことにものすごく不安を感じます。
今回の騒動が、そういう風潮に一石を投じるなら
必要なゴタゴタだったのかもしれないなあ。

あと、小保方氏は
「悪意があっての不正・捏造ではなく単純な間違いもしくは不注意」
との答弁をされてましたが
ここでもまた高校の数学の教師のキッツイひとことを思い出す。

「うっかりミスも実力のうちだから!」

ついうっかり、と一度限りの失敗のように言うが
そうやって答えを間違える人はいつまでもうっかりし続けて間違えるんだ、と。
耳が痛いね〜。

そして研究者たるもの、「ついうっかり」なんて平気で言ってていいのかと
ここでも不安になりました。

大丈夫か、日本・・・・・・・・ガンバレニッポン・・・・
by quilitan | 2014-04-09 20:36 | 雑録 | Trackback | Comments(0)

オマケ

アリーナ前方で見えたもの。

上からキラキラと降ってくる金銀テープのなんと美しいこと。

天井高く据えられた照明用の浮島に梯子で登り
開演中ずっとそこにいて操作しているであろうライティング・マン。

同じ柵ぎわに陣取る中でも、心優しい人たちとそうでない人たち。


そうそう、ザイロバンドは今回また不発が当たりまして。
周りでもそういう声が聞こえたし、不良品率高かったかもしれない。

最後、帰りの京葉線で空いていた目の前の席を
明日から仕事始めのオカメさんに・・・というが早いか
ガタイに似合わない素早さで滑り込んできた男子。
こちらが一瞬早く座っていたら膝の上に乗りかかっていたかもね。
ウォンバットそっくり、といったオカメさんの言葉に爆笑。
本当にあの丸まっちい身体といい、潜り込む動きといい
ピッタリだった。

それにしても本当に周囲に目を配らない人って多いなあ、と
行列に並びながらしみじみ・・・・


それなりに年経た分、色々見えちゃうんだな〜。
by quilitan | 2014-04-07 09:50 | 雑録 | Trackback | Comments(2)

猫と雑文ときどきお絵描き