「軽蔑」

誰かが映像にしてくれることを願っていた作品ではあるんだけど
それがこれぞと思うものにはならないのではないかという危惧もまた
大いに持っているものだった。
果たして、その不安は思いっきり的中してしまった。
思いっきり、です。

実は「軽蔑」というタイトル、何度読み返しても今ひとつピンと来なくて
今回映画化と言うことになって
たとえどんな作品になろうとも、少なくとも作り手から
「これが自分にとっての『軽蔑』なのだ」
というメッセージだけでも受け取りたかったけど
それどころじゃなかった。



やっぱり・・・一番の原因は鈴木杏のキャスティングだと思う。

高良健吾は、まあいいです。
乱暴な言い方だけど、
気の良いやんちゃなボンボンのカズさんは、魅力的でありさえすれば誰がやっても良い。
でも、真知子は違う。
そもそもトップレスバー(映画ではポールダンサーだけど)で
客を蕩けさせる女に見えない時点で大失敗。
カズさんが夢中になる女にも見えない。
濡れ場やダンスシーンで頑張って見せてもいたけれど・・・・・・・・・
申し訳ないが体型が子供なんだよねえ~~!!
色気がホントにないんだよねええ!!!
真知子は毛皮の似合う女じゃなきゃダメです。
露出度の高い服を着れば色っぽい、なんて何十年前の話!??

演技力だけが女優のすべてではないんだよね。
イメージ、印象、どうしても合う合わないということはあるのだ。
その作品に合う女優を見いだせるかどうかも監督の力量と言うべきだろう。
演技力さえあればいいと言うのなら
巧い女優が2,3人いればいいってことになるでしょう。
キャスティングって演出方法とか脚本以前に最も大事なことなんじゃないか。
その時点で映画の全体のイメージが出来るといっても過言じゃない。
それでも、脚本が「サマーウォーズ」の人だったので
アニメと実写の差はあるけど、もしかしたら巧く料理してくれるかな・・・
と思っていたんだがそれもダメだった。

勿論芸能界ですから、色々大人の事情はありましょうが・・・

鈴木杏に真知子は無理だった。

真知子は歌舞伎町のトップレスバーの人気踊り子という
作中の言葉で言うなら「天女」なのだ。
天女が住むのは天界。
いわば一般常識が通用する常世とはかけ離れた浮ついた世界という意味で、
そこは地上とは一線を画した世界。
そして男も、そういう「天界」でふわふわと流れて暮らしている実在感のないもの。
義務や責任というバックボーンのないもの。
だから男も女も美しくいられる。
演技力ではないものが求められる所以。
そういう世界に住む二人が、天界から転がり落ちる羽目になって
地上の、よりにもよって地縁血縁因縁の
この上なく濃密な土地で暮らさなくてはならなくなる。
天界に住む男だと思っていたのに
そこでは何も持たず、
お互いの気持ちだけがすべての尺度になるからこそ五分と五分でいられるのに
実は荷物をいっぱい背負わされている男だと分かっていく。
この作品には、くどいほどこの「男と女は五分と五分」という言葉が繰り返し出てくる。

人魚姫が人間を好きになって地上で生きるための脚を得た後の苦痛と同じものが
天界を下りた真知子に降りかかってくる。
人魚姫と違うのは、王子の目に人魚姫は映らなかったろうが、
カズさんの目にはちゃんと真知子が映っているということ。
ただの悲恋ではすまされない。
目線が真知子になったりカズさんになったりして
「二人の純愛物語」にしようとしているけど
本来はすべてが真知子の目線なのだ。
カズさんは、自らは何も語らない。
真知子がカズさんの目に映るものを見ているのだ。
そこには勿論いつも真知子が映っている。
けれど、この地上では「王子」であるカズさんの目には他の色々なものも映る。
一瞬一瞬、「点」でいられたならずっと五分五分だったろう、
でも未来とか過去とか、「線」が見えてしまったら五分五分なんて絵空事。
そういう五分と五分でいようとする重さをこの映画では全然描けてないのだ。

真知子の台詞がすべて取って付けたようで、気持ちが上滑り。
真知子という天女が、愛おしい王子のいる地上で脚を絡め取られていく様が
まるで見えてこない。

登場人物の年齢設定をやや下げたり
長編小説を映画の尺にまとめるための設定変更は致し方ないとしよう。
それでも、絶対に変えてはいけない物語の芯、
真知子とカズさんの関係というものを
あんな坊っちゃんやくざと情婦の物語のような
単純な枠の中においてはいけないんだよ。
中上健次は、自分の肉を削って小説を書いていたと思う。
いや、むしろ自分の血肉から出ていないものは書けなかったんだろう。
そういう作品を映像にするに当たって
『自分はどうしてもこの作品を映画にしたい!』という気持ちに
もっと身を捧げて欲しかったな・・・と。
そういう意識って絶対伝わると思うんだよね。
真知子とカズさんの純愛プレートに
ちょっと因習を振りかけて敵も添えて適度に暴力も盛って・・・
そんなインスタントな方法で誤魔化さないで欲しかった。
まるでセカチューじゃん!!!

まあ・・・ここまでダメな映画にしてくれたら未練もないので
私はまた原作に戻れます。
「軽蔑」の意味はもう一度自分で考えます。
by quilitan | 2011-06-30 16:57 | 見る | Trackback | Comments(0)

植木職人な一日

シクラメンの鉢替えと、柘植の刈り込み。

シクラメンは9月が植え替え時期と土の袋に書いてあって
今やっちゃっていいのか?という不安はあるけど
何せウチにはグリーンならぬブラックフィンガーがおりまして
花の終わったシクラメンを鉢から抜いて庭に放置しているという・・・
そりゃあ入れ物に入れてやらなきゃでしょ・・・。

刈り込みは柘植以外もやらないといけないのだ。
前の家がぎりぎりに建っているので
伸びすぎた枝がお邪魔になっちゃ悪い。
しかしこの暑さだしね・・・体力の限界。
脚立から足を滑らせて向こう脛を強打した時点で
「これ以上やったら転ける」と判断して終了。
真っ逆さまなんてやっちまった日にゃ目も当てられません。

それにしても体力落ちましたねえ。
全身ダルダルになっちゃいました。
ブラックフィンガーが「邪魔な木は伐ってしまえ」とのたまうのを
私が制している以上、にわか植木職人は続くのであります。

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同じダルダルでも気持ち良さそうだよなあ・・・

昨日からNHKBSで「猫と芸術家」を取り上げた番組をやっている。
昨日は藤田嗣治で、今日は内田百閒だった。
「ノラや」は号泣しながら読んだんだけど
今日もやっぱり泣いてしまいました。
更に脱力・・・
by quilitan | 2011-06-28 23:19 | 雑録 | Trackback | Comments(2)

もやもやの光景

家のすぐ近くに、そう大きくもないホームセンターがある。
そう大きくもないのに、ペットショップとトリミングサロンがある。

ただでさえ私は動物を店で売ることには賛同しかねるのに
(完全受注生産でもない限り売り物には売れ残りがつきもの)
ましてや、そんなあれもこれもごっちゃにある店の一角で
店内放送や喧噪の中に置かれているような状態は言うに及ばず。
でもイヤな現実を敢えて見据える根性もないので
なるべくその前を通らないでいる自分も情けないと言えば情けないんですが・・・

今日もちょっと遠くにいたのではあるが
夕方の時間帯で、小さな子供のいる家族連れが2組ほど買い物をしていた。
仔犬・仔猫は子供にとってはそれは楽しいもの。
それはもうぎゃあぎゃあケージの前で騒ぐ。
「わんちゃん見るわんちゃん見るぅ〜〜〜〜!!!」
親が振り返るまで大音量で喚く。
かと思えば別の子供が所狭しとバタバタと走り回る。
ケージの外の囲いに入っている仔犬は遊んで欲しくて尻尾を振りまくる。
ケージの中の子たちは、ぺったりとガラスに寄りかかっている。
見たくないんだよ、そういうの。

注意しろよ、親!とも思うけど
子供が騒ぐのも必要なことだと(頭では)分かっているくらいには大人な私。
子供を持った友人が言ってたっけ、
騒ぎまくる声に鈍感になった、と。
確かに毎日繰り返される騒ぎに神経質になってたら子育ては出来まい。

・・・でもね、それでもやっぱり
毎日人目と騒がしさに晒される動物のストレスの方が私には重要なんだ。

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・・・・・・・お前は幸せかね?
by quilitan | 2011-06-27 18:13 | 考える | Trackback | Comments(4)

『弥勒』 篠田節子

本屋でこのタイトルを見たら、まずは
どんな本だ?  と思っちゃうでしょう。
ぱらぱらっと見た限りでは特に目を惹くものはないのだが
でもタイトルは強い。
しかし文庫にして厚さ2.5センチともなるとお値段も可愛くないので
そんな時は図書館がとっても嬉しい存在。

篠田節子は「アクアリウム」に続いて2冊目だ。
「アクアリウム」がとても好きなので
それも惹かれた理由である。

導入部分が、少々くどい感じもするけど
ひとつの国家を丸ごと創り上げているので
しつこいくらい周りを固めることも必要なのだろう。

そう、「アクアリウム」ではひとつの生物を創り上げ
「弥勒」では国を創り上げている。
ものすごい筆力ですね!
しかも、この人の筆力は脳内映像化をさせないのだ。
絵画的イメージと切り離した言葉で引っ張っていく。
描き出される世界において
こうと決めた道筋から一切踏み外すまいと言う強い意志が見える。
今回の作品も、善と悪、白と黒のような
<単純に二元的な価値判断をしない>ということが徹頭徹尾貫かれている。

“こんな非道なことをする者は悪である”というシチュエーションを作りながら
“非道なことをするに足る理由がある”とちゃんと振り戻す。
どちらかに肩入れしないような書き方のせいか
かなり凄惨な場面も出てくる割に渇いた印象がある。
絵面が浮かんでこないせいもあるかもしれない。

「救う」と言いながら「56億7千万年後ね」で
笑っているのか眠っているのかもよく分からないという
曖昧そのものの弥勒の存在がこの作品の基幹にあるものなんだろうが
それを描くために国をひとつ、
制度、人種すべて一から作り上げていこうとする力に圧倒されてしまった。


それこそ好みはそれぞれありましょうから
オススメは致しません。
イメージの手助けがない分、読むのに結構くたびれます。
by quilitan | 2011-06-26 23:53 | 読む | Trackback | Comments(0)

鷹や・水無月の会

昨日とうって変わって、半袖では肌寒いくらい。
気付けば6月も最後の週末、終わってしまう前に
水無月メニューを頂かなくては!
と、taさん、寒梅さんと鷹やに繰り出しました。

今日は私の都合でさくっと“昼鷹や”です。

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               まずは旬の煮物炊き合わせ

冬瓜はいいねえ。あっさりして好きだなあ。


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               小柱と新タマネギのかき揚げ。

新タマネギが柔らかくて甘いです。3人で食べてちょうどいい感じ。
序でにお店入り口に置かれたにわか直売所の採れたて新タマネギも買いました。
ゴロゴロ入って100円!お買い得〜〜。

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               金色に耀く、いつものだし巻き玉子。

ちゃんと三等分に切ってある。美味い!!


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白エビの唐揚げもまだありました。
今日は私が運転手でお酒なしだったので、追加はナシ。


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              そして、念願の限定15枚の十割蕎麦。

やはり一度は食してみなくては。
でも好みで言うと、つなぎ入りの方かもしれないなあ。
つるりとしたのどごしは捨てがたい。
100%蕎麦!だとどうしても多少ボソッとして硬めになってしまうのよね。

そば湯のお代わりまでして、お昼の営業いっぱいいっぱい
居続けた3人でした・・・。


で、ちょっと早いけどtaさんに誕生日プレゼント進呈。
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             バカラだぞ〜〜〜!!!

by quilitan | 2011-06-25 19:28 | 食す | Trackback | Comments(5)

サイタマは燃えているか

6月の観測史上最高気温が出ちゃったようです。
熊谷で39.8℃ですってさ。
我が家の温度計も38℃を差しておりました。

まだ夏の入り口だというのにこんなに暑くて大丈夫だろうか・・・

                こいつら〜〜
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今年も濡れタオル作戦が早くも発動です。

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たんごさんは最近お気に入りの脱衣所のタオル入れから出やしない。
冗談じゃなく一日中入りっぱなしで内心ちょっと心配です。
ご飯をちょこっとつまんでは戻り
別の場所で一瞬涼んでまた戻り・・・
今日、トイレ・・・した?

先が思いやられる真夏日です。


夕焼けは見事でしたけどね
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・・・でも明日は雨だって?
by quilitan | 2011-06-24 20:29 | | Trackback | Comments(2)

日常

今日は夏日でしたね。暑くて伸びちゃいます。
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パソコンの近くも暑いんじゃないの?
動画の猫に反応しなくてもいいから・・・
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リッちゃんは伸びられません。
開きます。
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暑い一日はシャワーでスッキリだ!
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                 ・・・って

戸を開けたとたんキミと目が合うとビックリするんですよ・・・
by quilitan | 2011-06-23 00:50 | | Trackback | Comments(4)

ビートたけしが様々なアーティストと語り合う、という番組で
アラーキー登場編。
遮二無二ひたすら前へ進むように見える力強さは相変わらずだった。
いいね!

私はアラーキーの大ファンなので
見方に偏りがある、という前提の元で言うけれど
アラーキーとビートたけしの温度差がとても気になった。

ビートたけしは目の前にある写真集をめくりながら
「これいいよね」「俺はこれが好きだな」などと幾つかの作品に水を向ける。
特にアラーキーがよくやっている、写真の上から色を乗せる作品群に惹かれたようで
「シャガールみたいだよね」と何度か口にしていた。

アラーキーは、いつもの常で
自分の写真、自分の目線をとても熱く語る。
今、アラーキーは自分の命の先がどこまであるか確信が持てない状態で突っ走っているので
自分が作品に込める気持ちが尚更強くなっているんだろう、
写真に息づく「生と死」を、言葉でも伝えようとしている。
元々作品に関して饒舌な人ではあるけれど
“俺が今、写真で語ろうとしていることをどうか間違って受け止めてくれるなよ”
という願いにも似たものを私は感じたのだ。

でも、それを聞くビートたけしは、目を上げない。
アラーキーを見ない。
「うん、うん」と言いながらひたすらページをまさぐる。
何かを探しているとも思えない風で。

なぜ目を合わせないのか?

私はそれが不思議でならなかった。

勿論、人間には好みというものがあって
もしかしたらビートたけしはアラーキーの写真に興味がないのかも知れない。
いや聞き役はいない、アーティスト同士語り合う番組なのだというにしても
語り合っていたようには見えなかった・・・私には。
アラーキーのテンションが高いから盛り上がっているようには見えたけれど。
そもそも、こういう番組をやるのは
ビートたけしが世界にも認められた映画監督だからだろう。
でもそれは「ビートたけし」じゃなく、「北野武」だと私は思うのです。
映画監督としてのものの見方、考え方と芸人としてのそれは違うはずだ。
ビートたけしでやるべきじゃない。

大体、写真見て「小津安二郎っぽい」とか「黒沢に通じる」とか
「シャガールを思い出す」なんていうのは
我々ド素人が言うようなことだと思うんだけどね。
アラーキーの写真はアラーキーの写真なのだ!(ファンだから)

チロちゃん(享年22歳!!)の、最期の写真も
たけしが「これいいよね」と選んでいたけれど
画面に大写しになった時、私はテレビの前で涙が止まらなかったよ。
それほど「物言う写真」だったのに
アラーキーだって、そこでまた生と死について語っていたのに
ビートたけしの反応が今ひとつだった。
あのチロちゃんの眼差しはまるで聖母のようだったのに・・・・・
あんなに美しい目をした生き物を見ることなんて滅多にないと思ったけどね。

この番組は、取りあえずアラーキーはお客様なんだけど
でも対等であるべき<アーティスト・たけし>の本当の気持ちを読めなかった。

アラーキーは「ピカソが究極の目標だよな」と明るく言い放っていた。
そしてゴッホよりもマチス、ミロと名を挙げた。

シャガールは、ではいったいどの位置にいるのかと考える。
ビートたけしがアラーキーの写真からシャガールを連想したことが
なぜか一番引っ掛かっている。
もしかしたら、今、彼は空洞なのかもしれないとふと思ったりする。
by quilitan | 2011-06-21 17:11 | 見る | Trackback | Comments(6)

今日は審査日

先月に引き続いて、再び弓道の初段に挑戦です。
こんなトコで躓いててどうすんだ、って感じですが
先月の敗因、矢が下を這いずる「掃き矢」をしないように気を付けて気を付けて
・・・甲矢は無事、垜(あずち)に。
初段二段は中らなくていいんだから、という先生のお言葉もあり
よしよし向こうまで届けばいいや、と射た乙矢は
見事幕にぶち当たりました・・・・・・・

「初段二段は中らなくていいけど掃き矢と幕に当てるのはダメ」

の「幕当て」です。あ〜〜また落ちたか・・・・・
でも結果が出るまでは帰れないので
一緒に審査を受けた仲間とぼうっと待つこと1時間半。

         受かっちゃった。

どういうオマケ評価なのかは知りませんが
受かっちゃえばこっちのもんです。
イヤ、勿論今後精進しますよ、はい!

晴れて弓道初段です。
資格とか称号にまるで縁のない私には眩しいものだ。

しかし、そんな浮かれ気分に水を差すように
家路につく頃から何となく右足首に痛みを感じ始め・・・
たと思ったら
あれよあれよという間に捻挫のような激痛に変わる!
ひねっても躓いてもいないんですが、なんで???
ぎっくり腰のように、ほんのちょっとした動作でなっちゃったのか?
ぎっくり足首ってナニ・・・
今は湿布薬当てて座ったままです。
歩くとビリビリ===っと電気走って腰砕けになります・・・・・・

リッちゃん、スマン、遊んであげられないよ〜。
by quilitan | 2011-06-19 20:56 | 弓道 | Trackback | Comments(7)

4射皆中!

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最近、時間があると弓の練習に行ってます。
やればやるほど面白くなります。
車の運転と同じで、覚えたての時期に間をおかずに行っていたせいか
敷居が高くならずにすんだ気がする。
それに日頃使わない筋肉を使うので
なまくらものの私には却ってそれが気持ちいいのだ。
セルフ整体に近いモノがある・・と思う。
気付けばマッサージに行く回数も減ってます。

で、昨日初めて4射皆中を体験!
練習中に最高タイムが出ちゃった!みたいな・・・・・
たまにしか中らないので、貴重な体験でした。
ま、その後は幕にぶち当てましたが。

でも、初心者は「中らなくていいから形をきちんと!」なのね。
弓道はとにかく所作があれこれうるさいだけあって
「正しく引けていれば自然に中る」がやっぱり正しいのです。
なので中るよりきれいな形で引けるようになりたいなあ。

こうなると・・・マイ弓が欲しくなってくる・・・
しかし、高い・・・・・・・・・・・よね。
by quilitan | 2011-06-18 19:26 | 弓道 | Trackback | Comments(0)

猫と雑文ときどきお絵描き