人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日本の悲劇

見たのは少し前ですが、この映画の重量感をなかなか言葉にできず、
まあ、今でも言葉足らずではあるけれど
何か書き留めたい気持ちはずっとあるのでここらでちょっと・・・


これは、数年前にあった
父親の死を届け出ないで、延々と年金を受け取っていた親族が捕まった事件から
着想されたという。
とにかく、「静」の映画です。
余計なBGMや効果音はない。
物語もこれといってない。
しかもカメラは数カ所からの決まったアングルのみ。
いや、焦点が少しぼやけたモノクロ映像のこれは
「静」というよりは「逼塞」というべきか。



リストラされて鬱病になって妻子を放り出し、妻子に見放された息子。
もう一度、との思いで実家に戻って来たその日に母は倒れ
歩き出そうとした途端に道が塞がれてしまった。
看病でさらに数年を無為に過ごし、母の死の後に残されたのは
年金暮らしの父と、仕事に就く機会を失って無職のままの息子。
その父にも余命宣告がなされる。

そして、“母の看病のせい” で再就職の芽を摘まれたと嘆く息子のために
父親は“死んだまま生きる”ことを決意する。
部屋を釘で打ち付け、このまま飲まず食わずで死ぬ、ミイラになるんだ、
そして自分が死んだ後、息子が無事に仕事を見つけるまで隠し通して
自分の年金で暮らせよ、と。
それが息子へしてやれる最後のことだ、と。


こう書くと、まるで取って付けたように不幸が次々と襲ってくるようだけれど
でも、そこそこに老いた親がいる家庭では
これは決して「特別なケース」なんかではない。
たとえ息子が健康だったとしても、普通に会社勤めを続けて妻子と平和に暮らしていても
もし離れて暮らす親が、ひとりでは放っておけない状況になったとしたら
平穏な日常なんてあっという間に崩れるのだ。
“何ごともなき日常”のすぐ隣で、息をひそめてじっとしている底なし沼。



その、言い出したらきかない、でも「頑固一徹」などというカッコイイものではなく
ただのきかん坊オヤジである父親を演じる仲代達矢は圧巻だ。
部屋に籠城した父親の、諦め、未練、逡巡が仲代達矢の表情のみで演じられる。
その合間に、定点カメラでの中で繰り返される「普通の家庭だった日常」では
ありがちな “ちょっとだけダメオヤジ” をこれまた隙なく演じているのだ。
舞台のような過剰さもあるにはあるけれど
動きも台詞もなくカメラの前で顔だけ撮るという重圧に耐えられる俳優はそうはいない。
まさに、〈ザ・仲代達矢〉という映画だ。

監督は「春との旅」を撮った人で、そういえばあれも惜しげなく重量級の役者を使ってたっけ。


浮上するきっかけを掴み損ねて、ずるずるの生活をする息子は
父の強引な決意をもちろん拒否する。
それを看取る責任の重さと、〈人としての常識〉につぶされそうになって
何とか翻意して貰おうとなだめすかしたり泣きついたりするのだが
やがて、父が呼びかけに応えなくなる日はやってきて
結局は父の言葉通りに仕事を探しながら生き続けていく。

それでも朝は来る、来てしまった以上
その日を暮らさなくてはならないということだ。


「日本の悲劇」というのは
こういう抜け出せない人々はこの国のどこにでも転がっていて、
これが決して珍しい事件ではないという日本の現状を悲劇とよぶのかと
漠然と考えていたんだけど
見ている内にあの父親が日本そのものに思えてきた。
生きて、また目を開けて見たいと思うような美しいものはもうなく
このまま飲まず食わずで干からびていくしかないというのがこの国の姿。
これが悲劇でなくて何でしょう。


でも。
こういう題材をちゃんと「作品」にできるひとがいること、
そしてその作品に生命力を与えられる役者がいること、
それは悲劇の中の幸福ですね。
by quilitan | 2014-03-21 21:30 | 見る | Trackback | Comments(0)

猫と雑文ときどきお絵描き  


by quilitan
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31